シチズンの歴史を徹底解説!創業年や発祥地まで専門店が解説
シチズン時計株式会社は、1918年の創業以来、時計製造の分野で数々の歴史的なイノベーションを成し遂げてきました。
技術革新の精神と、「時は人なり」という哲学のもと、シチズンは世界中の人々の時間を刻むパートナーとしてその名を馳せています。
この記事では、シチズンが時計業界においてどのような歴史的足跡を残してきたのか、その革新的な技術と製品開発の旅を辿ります。今回は、シチズンの歴史を通じて、時計業界がどのように進化してきたのかを探り、これからも続くイノベーションへの期待を見ていきましょう。
シチズンの歴史【誕生~】

【1918年】創業
シチズンの歴史は1918年にまで遡り、貴金属を取り扱っていた山崎亀吉氏によって設立された「尚工舎時計研究所」が創業の礎となっています。
山崎氏は海外に赴いた際、アメリカ製の懐中時計が多く製造されていることに着目し、時計マーケットの将来性を大きく実感。当時輸入モノの腕時計全盛であった時代に、日本でも国産時計が作れないかという発想が原動力となったのです。
創業当時は、懐中時計を専門に製造しており、1924年に初めてのオリジナル懐中時計を世に送り出し、このことは後のシチズンの技術性においても大きな第一歩となりました。
【1930年】社名をシチズンに名前を変更
そして、1930年になると、尚工舎は「シュミット時計工場」支配人・中島與三郎氏らに事業譲渡され、「シチズン(CITIZEN)」に社名変更し、時計メーカーとしての本格的なスタートを切りました。
ちなみに、このシチズン(CITIZEN)という名称ですが、時の東京市長・後藤新平氏により命名され、末永く多くの市民に愛され親しまれるようにという願いが込められたのです。
そして、シチズン(CITIZEN)へと社名変更した年の翌年の1931年には、腕時計第一号を完成させており、これ以降、腕時計の歴史に金字塔を打ち立てるようになっていきます。
【1950年代】シチズンが取り入れた国産初の技術
1950年代になると、シチズンはいよいよ独自技術それも「国産初」を意識した腕時計作りを始めます。
まず、1952年には、「国産初」のカレンダー付腕時計を開発。時間情報のみを表示するだけであった腕時計に、日付も視認できる機能を搭載したことは非常に驚くべきことであったでしょう。
また、1956年には、「国産初」の「パラショック」と呼ばれる耐震装置付き時計を発表。このモデルが現在まで名機として語り継がれているのは、大阪御堂筋の百貨店前で、地上30m上空のヘリコプターからモデルを投下させて機能性の素晴らしさを実証させたことにあります。
さらに1959年には、「国産初」の完全防水時計「パラウォーター」もお目見え。この完全という表現は、当時だから許される言い回しですが、それでも腕時計にはそれまで到底あり得なかった防水性を実現したのは歴史的な偉業であったのです。
【1960年代】シチズンが取り組んだ国産初と挑んだ世界最薄
1950年代には、「国産初」にとにかくこだわり続けたシチズンですが、1960年代になると、それを世界規模で花開かせようと意欲的に挑戦を続けていきます。そして、世界挑戦のテーマこそが「薄型」。
1962年、当時では世界で最も薄型を誇った「男性用中三針腕時計」が登場。ダイヤモンドフレイクと呼ばれたこのモデルは、機械機構が2.75mmという驚異的な薄さであったことから、シチズンにとっても本格的な薄型モデルの最高傑作だったのです。
そして、1965年には、こちらも当時世界で最も薄型を誇った「カレンダー付き腕時計」を発売。このクリスタルセブンと呼ばれるモデルでは、「国産初」のクリスタルガラスが採用されており、透明感のあるスマートでモダンなエレガントさも際立っていました。
その後、1966年になると「国産初」の電子時計・エックスエイトも発売され、無機質なアナログながらも、柔和なフォルムで現代的な価値観を携えた、非常に画期的なモデルだったと言えるでしょう。
シチズンの歴史【1970年~】

【1970年代】シチズンが生んだ世界初の技術
さて、1970年代に入ると、シチズンはライバルからも刺激を受けるようになり、より高みのある腕時計を追求するようになります。それが、1969年にセイコーが発売した、世界初のクオーツ式腕時計「アストロン」の登場からでした。
シチズンはこれ以降、「世界初」を意識するようになり、その最たるものが1975年に発売された、「世界初」の年差±3秒以内という驚異的な高精度クオーツ式腕時計でしょう。クリストロン・メガと名の打たれた、このモデルは豪華絢爛で、高級クオーツというに相応しいモノだったのです。
そして、翌年の1976年には、「世界初」のアナログ式太陽電池時計を発売。クリストロン・ソーラーセルと呼ばれる、このモデルは、文字盤に単結晶シリコン太陽電池を配置した最先端のモノで、現在主流となっているエコを意識したモデルだったと言えるでしょう。
また、その2年後の1978年には、「世界初」にてムーブメントの厚さ1mmの壁を破った、超薄型高級男性用クオーツ式腕時計も登場。このエクシード・ゴールドと呼ばれるアンティークなレザーモデルは、ギラギラ感のないスマートさも発揮していました。
【1980年代】まだあるシチズンが生んだ世界初の技術
シチズンの「世界初」への挑戦は、1980年代に入っても続きます。1980年には、当時としては世界最長寿化を実現した腕時計を開発。そして、その5年後の1985年には、「世界初」のエレクトロニクス水深計搭載「アクアランド」を発表し、本格的で緻密なダイバーズウォッチを実現しています。
そして、翌年の1986年には、「世界初」の回転式精密星座板付き腕時計を生み出し、コスモサインのあしらわれたお洒落なモデルの元祖と言うべきもので、これは現在でも高い人気を誇るのです。
また、1989年には、2つの全く異なるタイプの「世界初」を発表。1つは、「世界初」のエレクトロニクス高度センサー付き腕時計「スポルテ・アルティメーター」で、高度・気圧計測機能を世界に先駆けて搭載しています。もう1つは、「世界初」のクオーツ式200年カレンダー搭載の腕時計「アバロン・スーパーカレンダー」であり、からくり時計のような雰囲気を持ったこのモデルは、ミステリアスな姿へと仕上がっているでしょう。
シチズンの歴史【1990年~】

【1990年代】とどまることを知らないシチズンの技術力
バブル崩壊に見舞われた1990年代の日本。そのような境遇下においても、シチズンは自信を持って「世界初」へのチャレンジを続けています。
そのシンボリックなのモノが、1993年の「世界初」の多局受信型電波時計。まだ、グローバル的な感覚がメジャーではなかった時代のモデルで、腕時計というよりも計器のようなエキセントリックな外観も話題を呼んだのです。
また、1997年には、「エコ・ドライブ」の元祖的モデルとも言える、「世界初」の年差ソーラーパワー時計「エクシード・ユーロス」が登場。シチズン腕時計の精度の高さを改めて、世の中に知らしめたメンズモデルでもありました。
さらに、1999年には、クオーツ式としては「世界初」のグランドコンプリケーション腕時計「エクシード・グランドコンプリケーション」も発売。特徴的なムーンフェイズも当時としては画期的なデザインで、宇宙船の計器類を思わせるメカニカルさも光っています。
シチズンの歴史【2000年~】

【2000年代~】シチズン現代でも続くあくなき探求力
そして、いよいよ2000年代からのシチズンの挑戦。彼らの技術はさらなる進化を遂げ、2003年には「世界初」のアンテナ内蔵型フルメタルケースの電波時計が登場。
2011年には、若いユーザーにも馴染み深い「エコ・ドライブ サテライト・ウエーブ」も登場。これこそが、「世界初」の人工衛星から時刻情報を受信する光発電時計であり、現代モデルとしての確固たる流れを作ったと言えるでしょう。
そして、まだまだ記憶に新しい2016年には、「世界最薄」の光発電時計「エコ・ドライブ ワン」が発売。「エコ・ドライブ」がシチズンの代名詞にまでなった今、さらなる変化を現在まで目まぐるしく遂げています。
シチズンのおすすめメンズモデル3選
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シチズンのおすすめレディースモデル3選
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まとめ:シチズンの歴史
現在ではセイコーやカシオと並んで、日本の高品質な腕時計のシンボルともなっているシチズン。その歴史は、まさに技術への絶え間ない挑戦そのものでした。
それは、1つの画期的な技術を取り入れると、すぐにそれを革新してさらに良いモノへとブラッシュアップするという、モノづくりの神髄。その繰り返しと「世界初」へのこだわりによって、シチズンは輝かしい歴史を築いてきたと言えます。
ただ、シチズンにとって、腕時計に採用された高い技術性はあくまでもアイデアの体現。彼らの歴史で本当に注目すべきなのは、このような優れたモデルを作り上げようとする熱い想い、そして、それを決して失うまいとする日本的な職人魂が宿っていることかもしれません。
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